津波浸水予測と危険度を体感!

海南市・和歌山市

ここでの目標


☆ 歴史散歩で濱口悟陵の偉業と「稲むらの火」について学びましょう。
☆ 津波からの避難方法を伝える史実とそれを伝承する地域の祭りから、津波から身を守る方法を学びましょう。
☆ フィールドワークにより、津波の脅威とそれから町や人々を守る方法を学びましょう。


【注】注意このコンテンツは、平成17年9月時点での取材によって作成したものです


「稲むらの火広場」
濱口梧陵銅像
養源寺 国史跡 広村堤防
感恩碑 東濱口 西濱口
県指定文化財 耐久舎 濱口梧陵銅像 国史跡 濱口梧陵墓
濱口梧陵碑(広八幡神社) 安楽寺(耐久舎跡) 津波防災を学ぶ


コース例

JR湯浅駅一広川町役場前「稲むらの火」広場→養源寺→広村堤防→感恩碑→濱口家→西濱口家一耐久社(耐久中学校)→濱口梧陵像一濱口梧陵墓→広八幡神社→安楽寺→JR湯浅駅(約8キロ)




広・湯浅沿岸はその地形により、昔から何度も津波に見舞われおおきな被害を受けてきました。特に宝永南海地震(1707)と安政南海地震(1854)の津波は、当時の広村に破壊的な被害をもたらしました。また、昭和南海地震(1946)の津波では広村の中心部は濱口梧陵らが築いた防潮堤の効果により、ほとんどの家屋は被害を受けませんでしたが、広川と江上川流域の低地には津波が押し寄せ、多くの家屋が潅水の被害を受けました。このことから、湯浅広港埋立が実施され、防災施設が充実しました。また、濱口梧陵・濱口東江・岩崎明岳らによって築造された防潮堤によって町民の生命と財産を守ることができたことに感謝し、毎年11月3日に「津波祭り」を開催して防災意識を高めています。さらに平成5年からは、稲むらの火祭りを実施し、町内外から多くの人々が参加し国際的にも注目されています。
濱口梧陵の功績は小泉八雲の「生きる神」で物語となり、さらも戦時の小学校の教科書に「稲むらの火」として掲載されています。濱口梧陵の偉業をたたえ、その思想を現代に息づかせるために、稲むらの火広場がつくられるとともに、町内では、濱口梧陵や津波に関する数多くの史跡を見学することができます。