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 広川町立耐久中学校にある「耐久舎」は嘉永5年(1852)濱口梧陵らによって、剣術や漢学を教えることから始まりました。現在は記念館として耐久中学校内に保存されています。また、中学校の校門の文字は当時のままで残っています(県指定文化財)。
 耐久舎の起源は江戸時代末期の嘉永5年、濱口梧陵らが生まれ故郷の子弟の教育を痛感し、広村田町に稽古場という剣術と漢学の私塾を創設したのが始まりです。当時は裏長屋を利用し、外容は不備でしたが創業の意気は実に旺盛でした。慶応2年、安楽寺東隣に移築し耐久舎と命名、舎長には安楽寺14代住職が就任しました。大正9年4月、県立耐久中学校となりましたが、昭和22年3月、新学校教育法令により旧制の中等学校は廃止されました。この耐久舎の建物は明治3年建築のもので、同39年旧校舎から現在の耐久中学校内に移され、さらに昭和32年8月、同校の現在の位置に再び移転されたものです。記念館として耐久中学校の東南隅によく保存されています。平屋建瓦葺きの建物で、玄関あり、間口5間、奥行き6間半、6室があり、43畳を敷いています。