「高級品としての地位を築いた人物」
銘:源竿師(げんかんし)
名前:山田 岩義(やまだ いわよし)

大正元年、橋本市・清水に下駄職人の息子として生まれる。師光の勧めによってへら竿の創始者と言われる竿五郎(椿井吾郎)に入門して製竿技術を習得、昭和9年に帰郷して独立する。当時は大衆的な竿を作っていたが、終戦後に研究を重ねて現在の高級品としてのへら竿作りの基盤を築いた。普段は穏やかで物静かな人柄だが、仕事となるとぐっと厳しくなり、その手先の器用さも手伝って多くの名作をこの世に送り出した。昭和49年に労働大臣・卓越技能章、昭和50年に和歌山県名匠、昭和52年に勲六等瑞宝章など数々の栄冠を受章。また、作品が昭和天皇に献上されるなど、多くの栄光の軌跡をへら竿界に残した。

「紀州へら竿の創始者」
銘:師光(しこう)
名前:児島 光雄(こじま みつお)

源竿師と同じく橋本市・清水の精米加工業の家に生を受けた師光は昭和6年に竿五郎に入門、同年に独立して源竿師より一足早く帰郷し橋本で製竿を始める。以来、意匠に捕らわれずに機能優先の竿作りを行い、その機能美の美しさと釣り味の妙技で多くの釣り師の人気を博した。私生活に於いても面倒見が良くて人情味が厚い人柄であり、弟子をはじめ多くの人々から愛される人物でもあった。また友人であった源竿師をこの道に導いたのも師光だと言われている。その作品は源竿師と共に昭和天皇に献上され、昭和49年に故人となったが、勲六等瑞宝章を受章。紀州へら竿の開祖として多くの軌跡を残した。

紀州製竿組合発行 総合冊子「紀州へら竿」のP6から

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